「原稿零枚日記」読了

ある女性作家の日記という形式をとった小説です。小説なのだけど、さらにその中で現実と妄想が入り組んでいる、不思議な「小川洋子だ!」と思う作品になっています。

主人公の女性作家はあんまり売れていなくて、あらすじの名人です。「あらすじの名人」というのは、ひとつの文芸作品を読んで、そのあらすじを作る(書く)のがうまい、ということです。
文芸誌の新人賞の下読み係としてそれぞれの作品に添付する200字のあらすじで技術を磨いていきましたが、そのあまりに高い完成度のため作品そのものよりあらすじが面白くなってしまい、下読み係としてはお払い箱になってしまいました。その後、思いがけず公民館の「あらすじ教室」の講師となり、再びその技量を発揮しています。

本人は「なぜ自分は、こんなにもあらすじを書くのが得意なのに、小説を書くのは下手なんだろう」と悩むのですが、わたしはこのあらすじ係という仕事や、あらすじを書いていくプロセスを表現した部分が、とてつもなく好きです。
 一通り読めばだいたい全体の構造と中心の流れ、そこから広がる支流の様子が、原稿用紙に透けて見えてくる。すると同時にあらすじの全体像も浮かび上がり、どこを出発点にしてどういう方角へ向かったらいいかがぼんやりと分かる。この時点では、あくまでもぼんやりとで構わない。最も大事なのは、流れの底に潜む特別な小石を二つ三つ見つけることなのだ。
 特別と言ってもその小石は、宝石のように光っているわけではなく、むしろ苔むして、地味に黒ずんでいたり、水草の隙間に隠れていたり、流れに耐えられず危うげに川底を転がっていたりするので、注意が必要だ。彼ら自身、自分たちがこの小説の大切な支点になっているなどとは気づいてはいない。一見、あらすじとは無関係な場所に潜んでいる。そこを誰よりも早く気づいてやるのが、あらすじ係の役目となる。
 あらすじ係は流れに足を浸し、そっとしゃがみ込み、小石を拾ってポケットにしまう。これでほとんどあらすじは完成したも同然だ。二百字の中に小石を配置した途端、あたりを覆っていたぼんやりとした霧は、いっぺんに晴れてゆく。
 あらすじは、もちろん名前のとおり筋なのだけれど、一続きの流れにだけこだわっていると、薄っぺらでつまらないものになってしまう。だからどうしても点が必要なのだ。流れに投げ込んだ時、思いも寄らない紋様を描き出してくれる小石が。
 小石を見つけるのが私は得意だった。どんなにつまらない小説でも、それが言葉によって何かしらを語ろうとするものであるならば、必ず小石はあった。激流、滝、急カーブ、渦巻き、そんな派手な仕掛けも私には通用しなかった。光も届かない、ひんやりとした薄暗がりに置き去りにされた彼らを、私は必ず救出した。

この部分にぶつかったときは、何かが起こったような目覚しい感じがしました。
そして、わたしが文庫本葉書のための引用をすることは、このいくつかの小石からさらにたったひとつを選ぶことなのだと思い、ぞくりとしました。

わたしにとって、この部分がこの本のすべてのように感じています。

読んでよかった。
今日も文庫本葉書を作りますが、とても新鮮な気分で臨めます。

原稿零枚日記

小川 洋子 / 集英社


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by takibi-library | 2011-02-26 11:14 | いつも読書 | Comments(1)  

Commented at 2011-03-11 08:30
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