「カワハギの肝」読了

京料理をこきおろす食エッセイがあると聞いて、興味津々で読みました。

著者は杉浦明平。わたしは知らなかったのですが、イタリア・ルネサンスを研究した方だそうです。
本人いわく「食いしんぼうとういうより偏食家」というだけに、好き嫌いがはっきりしています。基本的には、子どものころから食べつけていないものに対しては手厳しいです(ちなみに、愛知県の海岸部の出身)。
ただ手厳しいのではなく、満足な食生活のために、売っていないものは自分で育てるのですから、口ばかりではありません。だから、安心して痛快さを楽しむことができます。

問題の(?)京料理についてですが、
京都は海から遠くて、海の幸にめぐまれていない。古代には日本人も鳥獣の肉を食べ、チーズなども食べていたけれど、平安朝以後仏教の影響もあって肉食の風習がなくなってからは、琵琶湖の淡水魚か塩もの干ものしか手に入らなくなったのだから、そんな土地で料理ができるわけがない。中世の公卿の日記に出てくる食べものでわたしたちの食欲をかき立てるようなものはほとんどない。うまい料理がつくれぬかわり、目でごまかそうとして、いわゆる四季の色をそえた日本料理が発達したのであろうが、肝心の味については、文化の中心地京都で、うまいものといったら、漬け物だけということになった。

この次の一文が強烈で、手厳しいを通り越して、かなりひどい(文庫本葉書に使うかもしれないからここには引用しませんが・笑)。
でも、著者の言い分について、わたしは半分くらいは賛成してます。ここまでは言い切れないけれど。

前からなんとなく「おばんざいって、どれもこれも副菜だよね」と思っています。

著者と違って自信のないわたしはこのことを言うだけでびくびくしているのですが、わかりやすい主菜なしで副菜ばかりずらずら並んでいる食卓を想像すると、「パンはやらずにスープでごまかし」という一節も思い出され、貧しさを感じてかなしい気分になります。
そのせいか、著者の過激な意見もわりとすんなり受け入れられる、正直なところスカッともするのです。

カワハギの肝 (光文社文庫)

杉浦 明平 / 光文社


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by takibi-library | 2012-01-24 17:25 | いつも読書 | Comments(0)  

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