「安閑園の食卓 私の台南物語」読了

物語のようなエッセイでした。

著者は1930年代に台南で生まれ、結婚するまでの約20年間を実家である「安閑園」と呼ばれるお屋敷で過ごしました。そのころの思い出をつづったのがこの本です。
敷地は広大で、野菜畑や果樹園があり、二人の兄の一家も一緒に住んでいます。裕福な大家族、わたしにはそれだけでとくべつな物語のように思えました。

くいしんぼうにとって、何より興味深かったのは、母とお抱えの料理人とがもたらす豊かな食生活。
中には「血液料理」とか「豚の脳みその料理」とか、ぎょっとするものもあるけれど、季節や生活の節目に家族と食べる料理など、いかにも豪華で手の込んだものは、文章だけでも華やかさが伝わってきて、夢のようです。
ところどころに、無理だとわかっていながら載せている(と思われる・笑)レシピもおもしろいです。作り方が日本では聞いたこともない方法のこともあって、その光景を想像するとわくわくします。

食べものの話はわかりやすいお楽しみですが、この本には家のしきたりや、季節行事、風習なども描かれています。日本に暮らすわたしにもピンとくるもの、近そうで全然違うなと思うこと、いろいろです。

今、「日本に暮らす」と書いたけれど、それだけでくくっていいのかなと、思いました。
わたしは、ふだんは両親と妹との4人家族でしたが、21歳のときまで母方の曾祖母が存命だったので、ずっとそれこそ盆と正月には曾祖母を頂点とした大家族が顔をそろえて食事をしていました。多いときは40人くらいいたのではないでしょうか。
曾祖母の家=母の実家は仕出し屋をしていたので、それだけの人数をまかなうインフラがあったからでもありますが、親のいとこの子どもの顔や名前がわかるというのは、近いところで父方の親戚の認知度と比べても、珍しいことだと思います。

父方は、父が4人兄弟だったので、わたしにはいとこがけっこう多いです。東京や大阪にいたり、父の生家のある山梨にいたり、みんなばらばらですが、法事などにはわりとみんなよく出てきて、会うと小さいころの思い出話や近況について話すことが楽しいです。男の子(という年でもないけど)たちのお嫁さんも子どもたちもいっしょに来てくれて、とてもにぎやかになります。こういうとき、子どもってすごいなと思います。お年寄りが「若い人がいるっていいわねぇ」という気持ちがわかるような。身近に子どもがいない分、よけいにそう思うのかもしれないけれど。

そういうこれまでの経験から、著者の暮らしぶりに共感する部分がかなりありそうです。

この本を読んで、こういう親戚づきあい、血縁とか血族とかいうものの感覚をあらためて意識しました。
最近よく耳にする「コミュニティ」がどうもしっくりこないのも、地縁、血縁に基づく旧来のコミュニティの考え方にわたし自身が思っている以上に慣れ親しんでいるのではないか。それで今の新しい定義の「コミュニティ」に戸惑っている、旧来のコミュニティほど気楽にいられないと感じているのかもしれません。

なんだかちょっと重たい話のようですが、本人は「そういうものかもね」とひとりごちているだけのつもりです。
「安閑園の食卓」は、くいしんぼう万歳の心で楽しんでいい本ですから、興味のある方はぜひ。

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

辛永清 / 集英社


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by takibi-library | 2012-07-06 22:20 | いつも読書 | Comments(0)  

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