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「夏の海の色(ある生涯の七つの場所2)」読了

*前の感想*

この物語には3人の「私」が出てきて、それぞれが生きる時代、この本で描かれる年齢が少しずつ異なります。その中で、私がいちばん興味深く、共感を持って読むのは、世代でいうと2代目の「私」です。彼の物語は、第1巻、小学生(あるいは小学校へ上がる直前)くらいから始まって、第2巻では(旧制)高校受験の準備をするところまで描かれます。

どうして彼の物語が好きなのかというと、日々の暮らしの中で起こることがらに、彼がどのように心を揺さぶられ、その揺れを収束させるか、あるいは揺れが静まるまで待つかが、ていねいに描かれているからです。
幼い彼の心の揺れは、たいていは将来に対する不安によるものですが、成長するにつれ、次第にその束縛から逃れる、不安な気持ちにとらわれないすべを見についけていきます。
母と別れ別れに暮らすようになってから、それなりの寂しさや辛さがなくはなかったが、自分がそうした環境に影響されて悲しんだり寂しがったりすることに、私は、我慢がならなかった。親戚の家を転々としているあいだも、そうした状態をみじめに思うまいと決心していた。もちろん試験に落ちたときなど、一時的に悲しみもし、絶望感のようなものに捉えられはしたが、そのなかにとどまろうとしたことは一瞬もなかった。私は、そうした気持ちと戦い、抵抗し、それから自由になろうともがいた。
その戦いは短いこともあれば長いこともあった。そしてそこから自由になれるたびに、私は、今後こうした感情に捉われる前に、あらかじめ、自由でいられるように心の準備をしておくべきだ、と思った。
何かが起ころうとするとき、私が、前もってそこから身を引くようにする癖がついたのは、そのせいであった。
子供は子供なりに処世術を身につけていくんですね。
今になって思うと、やはり同じくらいの頃にあった体験から、今も心がけていることが私自身にもあることに気づかされます。
そんなふうに、鋭い描写でありながら、自分自身にも実感があるというのが、この「私」の物語の魅力だと思います。


夏の海の色
辻 邦生 / 中央公論社
ISBN : 4122018927
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by takibi-library | 2006-10-09 15:04 | いつも読書  

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