「雪崩のくる日(ある生涯の七つの場所3)」読了

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この「雪崩のくる日」は、シリーズ7巻のうちでいちばん好きな本です。

労働組合運動が盛んなフランスで、昭和初期の社会主義者、宮辺音吉の生涯を辿る"私"と、同時期に親元(東京)を離れ、山国の旧制高校へ進学する"私"が交互に描かれます。
私はこの旧制高校に通う"私"にまつわる話が好きですが、もうひとりの"私"が追いかける宮辺音吉がフランスで遭遇するできごとにも引き込まれます。

宮辺音吉が歴史上どのような立場にいる人物なのかは、この本で語られる範囲しか知りません。けれども、フランスでの労働組合運動の切実さや、この時期に「休暇とは?」と真面目に突き詰めて考える人々がいたことは、読むにつ入れ、私が現在"働く"ことに、たしかにつながっているという実感が湧いてきます。

そして、山国に暮らす"私"は、自分がどのようにな人間で、どのように生きて生きたいのかを他者とのかかわりの中で少しずつ見つけていきます。そのひとつひとつの発見が私自身の発見でもあり、共感し、わが身に当てはめて考えるきっかけになります。

とくに気に入っているのは、「山峡へ」と「秋の別れ」です。
私は初山草人の話を聞きながら、何か初めて私自身がひそかに思っていたことを、代わりに喋って貰ったような気がした。
自分の好きな暮し―それこそが私には誰からも犯されぬ、不壊の領域のような感じがした。それさえあれば―それを目ざしてさえいれば―他人が何と言おうと、初山草人が静かに充実して自分の暮しのなかに没頭しているように、自信がなくなったり焦燥を覚えたりすることはないはずだ。私はそう思った。   「山峡へ」

みゆきは私が喋った言葉からどれだけの影響を受けたのか知らない。しかし彼女は、それが彼女の心を決定した唯一のことと信じていた。今のみゆきにとっては、私こそが、ザイルを託したパートナーなのだった。たとえ私にそれだけの力がないとしても、今の私は高村みゆきのザイルを身体に巻きつけていなければならなかった。彼女はそれを言うために、この吊り橋の上に立っているのだった。
私たちは二人だけで、何か必死な思いで手を振り合った。まるで私たちが本当にザイルで結ばれた二人ででもあるような気持だった。   「秋の別れ」
抜き出してしまうと、ただ青臭いだけのように感じられるかもしれませんが、私は、この本をはじめて読んだ10年以上前も、今も、これらが好きな一節です。


雪崩のくる日
辻 邦生 / 中央公論社
ISBN : 4122019087


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by takibi-library | 2006-10-22 13:30 | いつも読書 | Comments(0)  

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