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「人形クリニック(ある生涯の七つの場所4)」:満たされた暮らしとは?

*前回の感想*

"私"が追う、宮辺音吉のヨーロッパでの見聞のつづきです。
宮辺はイタリアの労働組合運動を調べるために、ミラノを訪れ、名家・モネータ家の一員であるジョルジョの山荘に滞在する機会に恵まれます。
この山荘についての宮辺の感想、そこでの暮らしぶりからの考察が興味深いです。
とにかくモネータ山荘にきて感じるのは、居心地のよさとともに、何とも安心な感じが家全体を支配していることだ。たしかにモネータ家は富裕な一族だろうが、果して日本で金持ちがこんな落着いた寛ぎを楽しんでいるだろうか。私の言いたいのは財産があったり、家があったりすることではなくて、そこに眼に見え手に触れる形で生活を守るものがあるということなのだ。
(略)
私は山荘の快適な生活のなかにいると、こうした〈守り〉ということの意味を考えざるを得なくなる。厚い石の壁の囲むものは孤独かもしれないが、やはり〈守り〉である。この〈守り〉があるからこそ、一年二年ではない息の長い仕事がつづけられるのだ。自分で森に入れば薪もあり、野いちごもあり、兎もいる。一年の暮らしは地下倉庫(カーヴ)のなかに保証されている。この思いは人の心を安らかにしないだろうか。晴れた日、薪を割り、雨の日はそれを焚く。
ここには貯金を増やすための金を儲けようとする変形された金銭欲求は生まれない。金銭の欲求は限度がないが、〈守り〉のためには一年の薪と麦とソーセージと葡萄酒があれば、あとは要らないのだ。だから、それだけの安全感を手に入れると、あとは暮しを楽しむことにかかる。   ―「森の歌」より
私は社会主義思想には共感しないし、大金持ちになりたいというのでもありません。けれども、あと20年くらいしたら、〈守り〉を固めつつ暮らして生きたいなぁと思っています。
梅干しやみそ、漬物といった保存食を毎年の行事として自分で作るとか、ありがちですけど、そいうことに時間を費やした生活がしたいです。

by takibi-library | 2006-11-02 22:22 | いつも読書  

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