「シンデレラ迷宮」、「シンデレラ ミステリー」:読了

なつかしの少女小説を読みました。
同世代(30代)の方ならわかるのでしょうか。氷室冴子さんの作品です。

氷室冴子さんというと「なんて素敵にジャパネスク」あたりがいちばん有名なのでしょうか(まんがにもなりましたしね)。でも、私はこの「シンデレラ迷宮」のシリーズと、「なぎさボーイ」、「多恵子ガール」(ずっと後に「北里マドンナ」)とかの方が思い出深いです。

「シンデレラ迷宮」は中学に入ったときに、たぶん、氷室作品、ひいては少女小説の中で最初に読んだ本だと思います。それまで読んでいた児童書よりひと回り、ふた回り小さいはじめての文庫本。まずそのサイズに違和感がありました。

内容は(今で言う)引きこもりの主人公・利根(リネ)が、自分が作り上げた虚構の世界で、物語の登場人物の知られざる悲しい一面を見るうちに、自分が引きこもってしまった原因を発見して、実際の外の世界への好奇心を取り戻すというものです。
今読むと言葉遣いに時代を感じますが、題材的には現代でもおもしろいと思えました。

中でも、このくだりは良く覚えていました。
リネはある屋敷の子供に「何をしにここ(虚構の世界)へ来たの」と聞かれて、このように答えます。
「(手や足に怪我をして)包帯をとってはいけませんよと言われているのに、そっとほどいて傷を調べたり、かさぶたをはがしたりしない? それと同じよ。あたしがここへ来たのは」
自分の辛い思いに気づかないふりをし続けていたリネが、自分の内面を直視することで、「出口」を見つけます。この言葉は「出口を見つけたい」と思っていた自分に気づいたリネの静かな決意がよく表れていると思います。

当時の私はこの作品に感化されることなく、間口小さめな3年間を過ごしました。
けれども、高校に入ってから、自分でそう願ってしたことではなかったにせよ、「出口」のイメージを思い出しました。
そして、「傷を調べたり、かさぶたをはがしたり」という表現は、ずっとどこかにこびりついていたようで、そんなふうに自分自身を見つめることを繰り返し続けています。

「シンデレラミステリー」では、出口を見つけて現実を愛せるようになった主人公が、再び虚構世界に戻ってしまいます。そして、その戻った理由を探る物語です。
今度は「ここに戻ってきたのには、きっとワケがある。それを思い出すのは怖いけれど、私はそれを知らなければならない」という覚悟をして、積極的に調べまわるので、ミステリーなのです。

こんなふうに、昔読んだ本がそれなりにおもしろく感じられることはうれしいです。
もっと「あちゃー」ってなるかと思ってもいたので、安心もしました。
[PR]

by takibi-library | 2007-07-24 22:36 | いつも読書 | Comments(0)  

<< 社員食堂で・・・。 なし崩しはよくない。 >>