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「密やかな結晶」読了:失うこと、忘れること

いやな感じではないのですが、読み終わったときに不安な気持ちになりました。

不定期に何かが「消滅」していく島に住む人々は、いろいろなものの消滅を、驚きつつも受け入れ、いつしかそれらがあったことさえ忘れていきます。消滅したものの名前を聞いても、それが何かはわからなくなり、それにまつわる個人的な思い出もなくしてしまいます。なくしてしまった、という感覚すらありません。もともとなかったのと同じ状態です。
しかし、中には消滅が受け入れられない、忘れることができない、(島では)特殊な人々がいて、そんな人たちは「記憶狩り」をする秘密警察に追われる身となります。彼らには、いつか幌のついたトラックがやってきます。そして、荷台に載せられて、どこかへ連れて行かれてしまうのです。

そんな島の世界に接していると、失うこと、忘れることは、不幸せではないかもしれない、と思ってしまうことがありました。島では長い時間をかけて、あらゆるものがひとつずつ消滅し続けていました。そのため、人々はあらゆる消滅を受け入れることができる確信を持っているのです。
主人公もそうです。しかし彼女が違うのは、消滅によって、記憶に空洞ができて、心が衰弱していくこともわかっているところです。それは小説を書くことを生業としているからかもしれませんが、その悲しみに、そばに小さな記憶の種を持ち続けている、濃密な心の持ち主がいることで思い知らされます。

この島と、島の人々の結末は、あらかじめ決まっているようなところがあります。その結末にどのようにして行き着くかがていねいに描かれていることが、この物語の魅力だと思います。

密やかな結晶 (講談社文庫)
小川 洋子 / / 講談社








細かい点で、気に入ったことがあります。それは、暮らしぶりの描写です。
ところどころで出てくる食べもの、使う道具、身につけるものがちゃんと書いてあることで、消滅が習慣となってさえ、つつがない暮しを送ることで幸福感が得られていました。

おじいさんがベルトにはさんでいるタオル、誕生日パーティ、散髪、パンケーキ、糊のきいたテーブルクロス、犬小屋、町内会、おいしく温かい牛乳、きりがありません。
こういうものごとがちゃんと入っていることで、島の暮らしにふしぎな親近感が湧いてくるのです。

by takibi-library | 2007-12-04 21:43 | いつも読書  

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