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鴻上尚史さんの「ごあいさつ」

昨日は「音楽劇 リンダリンダ」を見てきました。

鴻上尚史さんのお芝居を観るのは2001年の第三舞台封印公演以来だと思います。お芝居そのものも楽しみでしたが、個人的にはチラシやアンケートと一緒に配られる「ごあいさつ」を読めることがとてもうれしかったです。

「ごあいさつ」はB5のノートの見開き2ページに手書きでつづられた文章です。相変わらずのB5、相変わらずの文字(そういえば台本はいまだにB5で残っているもののひとつ)。
内容は演目に関係があったりなかったり。いつも共通しているのは、はっと、強いインパクトを持って気づかされることがある、という点です(わたしの場合)。

今回は、「酒に酔って、以前演劇を通じて交流のあった若者たちの消息をインターネットで検索してしまう」という話でした。
こういう時、インターネットが人間の感性を変えたとしみじみします。それぞれの人生の今を、こんなに簡単に知ってしまうことは、直感でしかないのですが、僕の人生そのものに決してよくはないだろうと思います。
誰かの人生を知るには、インターネットのない時代は、自分の今と引き換えが条件でした。
(略)
けれどインターネットは、こっちの人生をまったく提出しないまま、相手の現在を知ることができるのです。

わたしはこれを読んで、がっくりと気落ちしました。漠然とした影としか見えていなかった違和感の正体を見せられたからです。
わたしは何も提出していないかもしれない。いろいろなことをただ乗りしているかもしれない。

こういうふうに、もやもやとした像を言葉に落とし込んでくれる、あるいはお芝居として目に見える形にしてくれることを才能というのだと思います。
鴻上さんがこれまでに書いた「ごあいさつ」をまとめた本があったらいいのに。

と思って調べたらありました。まさにそのまま「鴻上尚史のごあいさつ」。これから往来堂さんへメールします!
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by takibi-library | 2012-07-15 13:03 | いつも読書 | Comments(0)  

「燃焼のための習作」読了

堀江敏幸さんの本は、新刊が出るたびに気になって、全部じゃないけどけっこう買ってしまいます。それは、エッセイにしろ、書評にしろ、小説にしろ、装丁がすてきで、読みたい欲求に物欲が上乗せされて、抵抗できないのです。
この本も、カップの底の形をしたしみと銀色の題字の白いカバー、表紙と見返しは同じ茶色の紙で、花布としおりひもがグレイがかったみず色。ため息ものです。(この色合わせで製本したいぞ!)

「燃焼のための秀作」は、探偵事務所の一室で繰り広げられる、とりとめなくつながっていく会話でつむがれる物語です。探偵と、助手と、依頼主、基本的には依頼内容について話しているのですが、探偵は関係のないことも話すように勧め、自分からも話し、しだいにまったく関係のないことへ話が流れていきます。外は激しい雷雨。依頼主は帰ろうにも危険で出られない。あきらめもあって、時間を気にせず、雨の勢いと雷鳴を気にしながら、話し続け、聞き続けるのです。

ただそれだけといえばそれだけの話。人によってはつまらないと思うかもしれません。
けれど、3人のいる空間の密度がゆらぐのがこちらに伝わってきて、不穏などきどきとうっとりする感覚がないまぜになるのがここちよかったです。

雷はなかったけれど、雨の日に読んでよかったな、と思いました。

燃焼のための習作

堀江 敏幸 / 講談社


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by takibi-library | 2012-07-09 00:20 | いつも読書 | Comments(0)  

「安閑園の食卓 私の台南物語」読了

物語のようなエッセイでした。

著者は1930年代に台南で生まれ、結婚するまでの約20年間を実家である「安閑園」と呼ばれるお屋敷で過ごしました。そのころの思い出をつづったのがこの本です。
敷地は広大で、野菜畑や果樹園があり、二人の兄の一家も一緒に住んでいます。裕福な大家族、わたしにはそれだけでとくべつな物語のように思えました。

くいしんぼうにとって、何より興味深かったのは、母とお抱えの料理人とがもたらす豊かな食生活。
中には「血液料理」とか「豚の脳みその料理」とか、ぎょっとするものもあるけれど、季節や生活の節目に家族と食べる料理など、いかにも豪華で手の込んだものは、文章だけでも華やかさが伝わってきて、夢のようです。
ところどころに、無理だとわかっていながら載せている(と思われる・笑)レシピもおもしろいです。作り方が日本では聞いたこともない方法のこともあって、その光景を想像するとわくわくします。

食べものの話はわかりやすいお楽しみですが、この本には家のしきたりや、季節行事、風習なども描かれています。日本に暮らすわたしにもピンとくるもの、近そうで全然違うなと思うこと、いろいろです。

今、「日本に暮らす」と書いたけれど、それだけでくくっていいのかなと、思いました。
わたしは、ふだんは両親と妹との4人家族でしたが、21歳のときまで母方の曾祖母が存命だったので、ずっとそれこそ盆と正月には曾祖母を頂点とした大家族が顔をそろえて食事をしていました。多いときは40人くらいいたのではないでしょうか。
曾祖母の家=母の実家は仕出し屋をしていたので、それだけの人数をまかなうインフラがあったからでもありますが、親のいとこの子どもの顔や名前がわかるというのは、近いところで父方の親戚の認知度と比べても、珍しいことだと思います。

父方は、父が4人兄弟だったので、わたしにはいとこがけっこう多いです。東京や大阪にいたり、父の生家のある山梨にいたり、みんなばらばらですが、法事などにはわりとみんなよく出てきて、会うと小さいころの思い出話や近況について話すことが楽しいです。男の子(という年でもないけど)たちのお嫁さんも子どもたちもいっしょに来てくれて、とてもにぎやかになります。こういうとき、子どもってすごいなと思います。お年寄りが「若い人がいるっていいわねぇ」という気持ちがわかるような。身近に子どもがいない分、よけいにそう思うのかもしれないけれど。

そういうこれまでの経験から、著者の暮らしぶりに共感する部分がかなりありそうです。

この本を読んで、こういう親戚づきあい、血縁とか血族とかいうものの感覚をあらためて意識しました。
最近よく耳にする「コミュニティ」がどうもしっくりこないのも、地縁、血縁に基づく旧来のコミュニティの考え方にわたし自身が思っている以上に慣れ親しんでいるのではないか。それで今の新しい定義の「コミュニティ」に戸惑っている、旧来のコミュニティほど気楽にいられないと感じているのかもしれません。

なんだかちょっと重たい話のようですが、本人は「そういうものかもね」とひとりごちているだけのつもりです。
「安閑園の食卓」は、くいしんぼう万歳の心で楽しんでいい本ですから、興味のある方はぜひ。

安閑園の食卓 私の台南物語 (集英社文庫)

辛永清 / 集英社


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by takibi-library | 2012-07-06 22:20 | いつも読書 | Comments(0)